『かわいい』という言葉があります。
その言葉を、自然界に生息する動物に対して使う人がいます。例えば、シャチやクジラに対してです。使い方はもちろん自由ですし、文句を言うつもりもありません。
ただ今回は少しだけ、自分の思うことについて書かせてください。
シャチは可愛い?
先日、シャチを可愛いと言っている動画を見ました。僕はそれに対して、とても違和感を覚えました。
皆さんは、自然にいるシャチを可愛いと思いますか?
例えばサーフィンをしていて、目の前に突然シャチが泳ぎだしたとします。
その目の前の『巨大な生物』に対して、可愛いと言う言葉を使えますか?
すぐそばにいたら怖い・・
おそらく99%のサーファーは、できるだけ静かに、シャチに対して距離を置こうとするはずです。
それは自然に対して敬意の現れであり、人間として当然の行動だと思います。
可愛いと言いながらシャチに近づく人がいたとしたら、『この人大丈夫かな・・・』とほとんどのサーファーが思うはずです。
自分の本当の目の前に、クジラやシャチが泳いでいたら、恐ろしさや偉大さを感じるのが普通なのではないでしょうか?
わかりやすく説明すると?
例えば、大きな船の上からたくさんの人がシャチを見ていたとします。そうすると何人かの人は必ず、『シャチだ、可愛い』と感想を述べるはずです。
それでは、その人が浮き輪を持たされて、その船から突き落とされたらどうなるでしょうか?
落とされた人は、間違いなくシャチに対して『恐怖』を抱くことでしょう。
巨大な船と言う名の盾がないと発せられない言葉なのであれば、自然の生物に対して『かわいい』と言うべきではないのです。
人間には文明という名の盾がある・・・
可愛いと言っていた人はあくまでも、『大きな船』という盾に身を守られていたのに過ぎません。
それでは、カゴに入っている猿を見て笑う人と同じです。
文明と言う名の檻に、自然や生物を閉じ込めた後、『かわいい』という言葉を発する
そのスタンスが、僕は好きではありません。
自然界の動物に畏敬の念を持とう
もしも、地球環境改善や、動物保護を歌うのであれば、文明の檻の外からではなく、生き物と相対して、そこから考えていくべきなのではないでしょうか?
そうしたら、人間の非力さにとことん気がつくはずです。野生動物は、人間よりも強いのです。
- 可愛い
- 守ってあげたい
- 助けてあげたい
このような動物や自然に対する上から目線の考えでは、地球環境の改善などできるはずもありません。
山のてっぺんに立ち、他の生き物を見下ろす人間という生き物の口から飛び出た、『かわいい』という言葉。
ピストルを手に持ち、相手をオリに閉じ込めてるからこそ言える、慈愛の言葉。これはどこか残酷で、気持ちが悪いものに思えるのです。
まとめ
どんなに美しく見える波でも、そこには強大な力が秘められています。
巨大な力の前では、人間などひとひねりです。
僕たちは自然に対して、もっともっと尊敬や恐怖の念を抱くべきです。
自然の生き物に対して、可愛いと言う感情を持つべきではないのです。
人間が、自然に対して心から恐怖した時、新しい側面から自然と付き合おうとするはずです。
- 制圧ではなく、共生する
『あかるいみらい』は、『自然』と普段から対峙している、僕たちサーファーが率先して築いていくべきです。
ワイプアウトした時の、あの無力感を知っている僕たちなら、それができるはずです。
自然や生き物に、『畏敬の念』を持ち続けていきましょう。それこそが、地球環境改善への第一歩になるはずです。
僕自身はそう信じています。
自然は強く、恐ろしい。